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札幌高等裁判所 昭和44年(う)220号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は、すべて被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、旭川地方検察庁検察官検事北原外志夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一点(事実誤認)について

所論は、原判決は、「被告人は自動車運転者であるところ、昭和四三年七月三〇日午後五時三〇分ころ、大型貨物自動車を運転し、国道三九号線を、旭川市永山町一丁目方面から同市四条方面に向け、時速約四〇キロメートルで直進中、同市永山町九丁目所在のT字型交差点の手前約三五メートル付近で、自車左側を並進中の矢野進一(当時一八年)運転の自転車を追い抜いたうえ、同交差点を左折進行しようとしたのであるが、同所付近は下り勾配となつているのみか、同交差点にいたるまでの間は他に交差点もないので、そのまま同交差点において左折するにおいては、左折時に当然に前記矢野運転の自転車と衝突する危険が予測されるのであるから、かかる場合、自動車運転業務に従事する者としては、追従車に対し十分余裕のある程度に左折合図をするはもとより、追従車の進行状況についての確認を厳にし、その安全を確認したうえ交差点において左折すべき業務上当然の注意義務があるにもかかわらず、漫然これを怠り、不注意にも交差点の手前僅か約二四メートルの近距離にいたつて漸くにして左折合図をなすとともに、時速を約二〇キロメートルに減じたのみか、交差点手前約六メートル付近で右矢野の自転車に一瞥をあたえただけで、すでに自車直後付近にまで近接している同車の進行状況に対する注視を全く欠いたまま、自車の方が先行して左折できるものと軽信し、そのまま同交差点を時速約一〇キロメートルで左折しようとした過失により、同交差点上において同車の動静に全く気付かないまま左後車輪で同人の頭部を轢過させるにいたり、よつて同人をして脳挫滅により即死せしめたものである。」との公訴事実に対し、「被告人自動車が矢野の運転する自転車を追い抜いたのは交差点の手前の側端から少なくとも六〇メートル以上は東方寄りで」「被告人は交差点手前の側端から約二九メートル位東方寄りの地点で左折の合図をし、十分に速度を減じ、交差点の手前の側端から約六メートル手前の付近で左後方サイドミラーで矢野の運転する自転車が自車の後方にいることを確認してからハンドルを左に切つていることが認められ」「被告人が左折合図をした時点においては勿論のこと、後方から進行する車輌にとつて被告人自動車が左折の態勢に入つて向きを変えたことを知り得る状況になつた時点においてすら、矢野の運転する自転車は被告人自動車の最後部から少なくとも二〇メートル以上後方にあつたもの」との事実を認定するとともに、被告人自動車の左折と矢野の転倒との間の因果関係に疑問があるとし、仮に因果関係があるとしても、「左折車の運転者としては、後方からの進行車両の運転者が先行車の左折合図もしくは左折態勢に入つたことを知り得る状況となつてから避譲の措置に出たとしても十分避譲することが可能な時間的距離的余裕のある限り、自車の左折を妨げることはないものと信頼して左折を開始することが許される」のであり、前記認定の距離関係であれば「後方から進行する自転車が先行する自動車の左折に対処してこれとの接触を避けるには十分な距離というべく、これをもし、右の距離をもつてしても十分な距離とは言い得ないとするならば、本件道路は車両の交通が極めて頻繁なところであり、これによつて、著しく交通渋滞を来たす結果ともなるのであつて、被告人が矢野の運転する自転車の通過をまたないで左折を開始したことをもつて被告人の過失とするわけにはいかない」として無罪を言い渡したが、右判決には、重大なる事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

一について

所論は、原判決は、被告人の運転する大型貨物自動車(以下、被告車またはチツプ車という)が本件交差点で「左折合図をした時点においてはもちろんのこと、後方から進行してくる車両にとつて左折の態勢に入つて向きをかえたことを知り得る状況になつた時点においてすら、矢野の運転する自転車は、被告車の最後部から少くとも二〇メートル以上後方にあつた」との事実を認定したが、右の左折開始当時、被害者矢野の運転する自転車(以下、被害自転車またはたんに自転車という)は、被告車とほぼ併進の状態にあつたと認めるべきであるから、原判決には、事実誤認の違法がある、というのである。

そこで検討するに、原判決が、被告車の左折時における被害自転車との位置関係につき、所論の指摘するような認定をしたことは、その指摘のとおりである。そして、原判決が、右の認定に到達した根拠は、1、被告車は、本件交差点手前側端から少くとも約六〇メートル手前の地点で自転車を追い抜き、約二九メートル手前の地点で左折の合図をし、十分に速度を減じ、約六メートル手前の付近で左後方サイドミラーで自転車が後方にいることを確認してから、ハンドルを左に切つたと認められること、2、被告車の前方には、その進行を妨げるような先行車がなく、左折合図をするまでは、とくに減速もしていないこと、3、被告車は、本件交差点を左折するにあたつて、きわめて低速でしかも大廻りしているのに、被害者が転倒した地点は、被告車の左側後部寄りであつたこと、4、被告車が矢野を左側後輪で轢過した際には、ほとんど左折を終える状況にあつたこと、5、被告車から三台後方のバスを運転していた藤井実は、交差点手前側端の約二〇メートル東方寄りで、被告車が左に向きをかえているのに気がついたが、その地点で、自転車に追い抜かれたこと、6、被告車が、本件交差点を左折するにあたつては、大廻りを余儀なくされる結果、自動車の向きがかわるのは、交差点内に入つてからであると推認されること、等にあつたことが、その判文上明らかである。

そして、記録を精査し、当審事実調の結果を参酌しても、右1ないし4の認定に誤りがあるとは認め難い。(もつとも右3の点については、これを認めるべき直接の証拠として、原審証人小手川衛の後記のような原審公判廷における供述もあるが、同人の目撃位置から見て、果たしてどの程度その間の事情を正確に伝えているか疑問の余地があるうえ、他の目撃証人の証言さらには被告車の後記のような車体の構造を前提にして考えると、被害者の転倒位置が被告車の車体の中央よりいささか前寄りであつたのではないかと思わしめる余地も皆無とは言えないのであつて、右3の事実を、本件事実の認定にあたつて、過度に強調するのは相当でない。)しかし、原判決が、主として原審証人藤井実の原審公判廷における供述および原審検証調書中の指示説明部分(以下、両者を一括して原審藤井証言という。他も右の例による。)ならびに被告人の原審公判廷における供述および検察官に対する供述調書等に依拠して、右5の事実を認定し、さらにこれを前提として、原判示のような結論に到達した推論の部分には、以下に述べる理由により、証拠の取捨選択を誤り、ひいては事実誤認を犯した違法があると言うのほかない。(なお、原判決は、前記のとおり、イ被告車が左折の合図をしたとき、ロ左折の態勢に入つたことを後方から知り得る状況になつたとき、のいずれの時点においても、後方の自転車との車間距離が、二〇メートル以上あつたとしているのに対し、所論は、ハ被告車が左折を開始した時点における両車の位置関係を問題としている。そこで、以下においては、右イの時点については、しばらくこれを措き、ほとんど時間的に差のないと認められる右ロないしハの時点における両車の位置関係のみにつき、検討することとする。)すなわち、

(1)  最初に、この点に関する関係者の供述の内容を仔細に比較検討するに、まず、藤井は、原審公判廷において「自転車に追い抜かれた地点は、本件交差点の手前側端から一九・六五メートル東方の検証指示地点〈3〉で、そのとき、先行するチツプ車は、頭が少し左に向いていた」旨、原判示の趣旨に副う供述をしているが、他方同人の証言中には、「チツプ車が左折を始めたとき、チツプ車と自転車との距離はどの位あつたか」との検察官の問に対し、「一〇メートル位ですね」と述べる部分もあり(原審記録九五丁表)、また、当初、「チツプ車が頭を少し左に向けていた」と述べた状況を、後に当審公判廷において、「チツプ車が専用道路の方へ頭を突込んだ状態を言う」と訂正したり、さらには、「チツプ車をずつと見ていたから(専用道に)自然に静かに入つていつた」と述べた直後、チツプ車の動静につき一時注視を怠つていたと述べる等、明らかに重要な点において前後相矛盾し、あるいは首尾一貫しない部分も散見される。つぎに、本件事故を、至近距離(現場の約七・四メートル西方の路上)で目撃した西川実によると、右事故直前の状況は、「自転車は、陸橋の上の方から大体後になり先になりして、チツプ車についてきていた」(記録八〇丁裏)、「チツプ車が〈2〉地点(すなわち交差点の手前側端から四・三メートルの地点)と交差点手前側端の中間付近のところから曲りかける状況になつたとき、自転車も並んだ状態で入つてきて、自転車が倒れる瞬間には、自転車の方が一寸先になつていた」(同八三丁表)というのであり、とくに「専用道路に入る角を曲つて一メートル位のところにある堀割というか、大きく欠けた穴のところに、自転車が来て、カチンとあたつて足をつかえた状況まで見たけど、そこへチツプ車が入つてきて見えなくなつた」(同八一丁表)というきわめて特異かつ具体的な事実を詳細に述べた部分が印象的である(なお、同証人は、当審公判廷においても、ほぼ右と同旨の供述をしている。)。つぎに、前記藤井の運転するバスの乗客として右事故を目撃した椎名和三は、原審公判廷において、「チツプ車が左折しはじめたとき、自転車はチツプ車と一緒に曲つた。チツプ車の前輪が曲がると同時に自転車も曲がつてきた」旨、ほぼ右西川と同趣旨の供述をし、また、右事故を現場の約一七・二メートル西南方路上で目撃した伊藤好子は、「チツプ車が交差点手前約二・五メートルの地点で曲りかけていたとき、自転車は角から一〇メートル手前にいた」旨供述しているが、これも、チツプ車の車長(七・二八メートル)を考慮にいれると、前記西川証言によつてうかがわれる状況と、ほぼ同様の状況を供述したものと認めて差しつかえないと考えられる。さらに、チツプ車の二台後方から追尾していた乗用車の運転者として右事故を目撃した小手川衛によると、右事故の状況は、「自転車が右に傾いて専用道路の方へ入るようにして転び、反動で人がとばされたが、その時チツプ車は半分位専用道路に入つていて、その後輪は、交差点の角よりも大分旭川寄りの所を廻ろうとしていた」(記録一一三丁)、「チツプ車が大体五分通り曲つたとき、自転車が走つてきてころび、人間が投げ出されて、大体後輪の五〇センチぐらいのところに倒れ込んでいつた」(記録一一七丁)というのであり、藤井証言に近いニユアンスも感ぜられないではないが、事故直前の両車の位置関係については明らかではない。最後に、この点に関する被告人の供述を見るに、被告人の原審公判廷における供述および検察官に対する供述調書の内容は、一見原判示の趣旨に副うようであるけれども、事故直後の司法巡査に対する供述調書では、「左折直前にバックミラーで自転車を一寸見ると、相当後方であつた。さほど気にしなかつたから距離はわからない」旨あいまいな供述をしており(なお、事故直後に作成された実況見分調書には、この点の距離が記載されていない。)、検察官に対する供述調書においても、「距離はよくわからないが、大丈夫と思つたのだから三〇メートル位あつたのではないかと思う」旨凡そ事実の認識とは異質の「一種の理屈」を述べているにとどまることまことに所論指摘のとおりで、総じて被告人の供述は全体として、殆ど心証をひくに由ない程漠然としたものである。このように原判決の援用する前記藤井証言および被告人の供述が、それ自体のうちに、右に述べたような種々の問題点を包蔵するだけでなく、西川、伊藤、椎名等の目撃証人の証言によつてうかがわれる状況と大きくくいちがつている点が、まず注目されなければならない。

(2)  さらに、藤井証言には、なおつぎのような疑問をさしはさむ余地もある。すなわち、当時、先行するチツプ車が左折にあたり十分に減速したため、後続の車両も前車との距離をせばめたうえ(当審同証言によると、同人の運転するバスと先行する小型乗用車との車間距離は、約一メートルであつたという。)、ほとんど針にあらわれない程度のころがすような低速で進行していたのであり、しかもチツプ車が頭を左に向けたころには、先行する小型乗用車二台のうち一台が抜け出し、右バスとチツプ車との間には、小型乗用車が一台介在したにすぎないというのであるから、かかる状況では、むしろ、チツプ車との車間距離も、二〇メートルより相当短かかつたと認める方が、より経験則に合致するのではなかろうか(ちなみに、同証人も原審公判廷で、いつたんは、これを一〇メートルであつた旨供述したことがあり、当審公判廷においても、結局、その車間距離が二〇メートルよりせばまつていたことを認めるに至つている。)また、原判示によると、チツプ車は、時速四〇キロメートルで走行中本件交差点手前約六〇メートルの地点で自転車を追い抜き、二九メートルの地点で左折の合図をして時速二〇キロメートルに減速し、六メートルの地点でさらに速度を減じて左折を開始したというのであるが、当時、自転車も下り坂を相当な速度で加速進行していたと認められるのであるから、チツプ車が時速二〇キロメートルに減速した後は、自転車との車間距離はそれ以上さして開かなかつた公算が大きく、むしろ、チツプ車がその後さらに速度を減ずるに従い、左折開始までに急激に短縮された可能性すらある。してみると、チツプ車の左折開始当時存したとされる自転車との車間距離約二〇メートルは、主として、これを追い抜いた後減速するまでのたかだか三〇メートル内外の距離を走行する間に生じた計算となるが、右はあまりに不合理ではなかろうか。さらに、そもそも同人の目撃が、大型バスを運転しながらのものであつたことから見て、チツプ車の左折開始時と自転車に追い抜かれた時点を関連させ、その際の自車とチツプ車との距離関係を、しかく明確に記憶し得るものであろうか。

(3)  ところで、前記西川、椎名、伊藤の各証言によると、原判示と異り、被告車の左折開始当時、被害自転車がほぼこれと併進の状態か、ないしは、これにきわめて近距離で追従していたということになろう。そこで、右各供述の信ぴよう性を慎重に吟味するに、右三名は、互に異る位置、角度から右事故を目撃したものでありながら、おおむね大同小異の状況を供述していること、とくに西川および伊藤は、事故現場にきわめて近い一定の場所に佇立して、右事故を目撃したものであつて、その間見誤りの生ずるおそれが少ないと思われること等の事実に徴しても、その供述にはかなり高度の信ぴよう性を認めて差し支えないと認められるが、さらに西川証言についてはつぎの点に注目する必要がある。すなわち、前記のとおり西川証言中には、「穴のところに自転車が来て左足をつかえた状況まで見たが、そこへチツプ車が入つてきて見えなくなつた」のを目撃したとする部分があるが、右の部分は、それが同証人の目前で発生したきわめて特異で印象的な情景の描写であることからしても、またその供述の具体性からしても、誤りないところと見て差し支えないであろう。そして、このことからすると、チツプ車の先頭が自転車の倒れた穴(交差点を一メートル位左折した地点にあつたと認められる。)の真横に来るまでに、被害者は、すでに交差点の角を曲つて右の穴まで進行して止り、左足をついていたことになるが、当時自転車も左折にあたり相当減速しており(椎名証言・記録一〇六丁、一〇八丁、原審西川証言・記録八二丁)、左折直前には急ブレーキをかけていること(原審西川証言・記録八二丁裏、当審西川証言、藤井証言・記録九五丁裏)、左折開始後チツプ車の先頭が右の位置に来るまでには、さして長時間を要せず、当時チツプ車が十分減速していたことを考慮にいれても、その時間はせいぜい二、三秒ではないかと推認されること(検察官作成の昭和四四年一二月一三日付実況見分調書参照)等の事実に鑑みると、右のような事態は、チツプ車の左折開始当時、自転車との車間距離が二〇メートル以上あつたことを前提としては、容易に理解し難く、自転車がほぼこれと併進の状態にあつたか、ないしは、これにきわめて近距離で追従していたことを前提として、はじめて理解できるものである。

(4)  なお、原判決が援用する前記3の事実は、この際さして重視すべきでないことは、すでに前述したとおりであり、前記4の事実は、必ずしも原判決の認定を前提としなければ理解できないものでもない。すなわち、右自転車が左折にあたり相当減速しており、急ブレーキを踏んだ形跡もあること、横転時、自転車はほとんど停止の状態にあり、被害者の投げだされた位置も、交差点を左折してほぼ一メートルの位置にあつた前記道路の穴のほぼ真横に近かつたと推認されること(司法巡査作成の実況見分調書添付の写真1ないし3号参照)、被告車の前輪は車体のほぼ最先端に、後輪は車体中央よりやや後方にそれぞれ位置していること(検察官作成の昭和四四年一二月一三日付実況見分調書添付写真4号)、左折開始後被告車の前輪が被害者の転倒位置に相当する場所を通過し去り、前輪による轢過の可能性がなくなるまでには、さして長時間を要せず、せいぜい二、三秒ではないかと推認されること等の事実を前提として考察すれば、前記西川証人らのいうとおり、左折当時自転車が被告車とほぼ併進の状態にあつたか、ないしはこれにきわめて近距離で追従していたとしても、被害者が被告車の左後輪で轢過される可能性は、十分あつたものと認められる。

(5)  以上のとおりであつて、被告車が左折を開始した当時における被害自転車との位置関係については、前記西川、伊藤、椎名各証言を採用して、自転車がチツプ車とほぼ併進の状態にあつたか、ないしは、これにきわめて近距離で追従していたと認めるのが、相当である。原判決は、これと異り、右各証言を採用せず、主として前記藤井証言および被告人の供述に依拠して、前記5の事実を認定し、これを前提としたうえ、原判示のような推論に到達したのであるが、右は証拠の取捨選択を誤つた結果、その推論の基礎となる事実を誤認し、ひいては、本件過失の成否を決すべききわめて重要な前提事実につき、事実誤認の違法を犯したものというのほかない。所論は理由がある。

二について

所論は、被告車の左折と被害自転車の転倒との間には因果関係の存することが明らかであるのに、原判決が、右の存在につき疑問があるとしたのは、事実誤認の違法を犯したものである、というのである。

そこで考えるに、原判決が被告車の左折と被害自転車の転倒との間の因果関係の存在に疑問をさしはさんだのは、左折開始時における被告車と自転車との車間距離が二〇メートル以上あつたことを前提としたうえでのことであり、前段説示の事実を前提としてもこれを疑問とする趣旨かどうかは必ずしも明らかではないが、いずれにしても、右の事実を前提として、本件事故の経緯を見れば、被告車の左折と自転車の転倒との間の因果関係の存在は、きわめて明らかであるといわなければならない。すなわち、前段説示の事実を前提とし、関係証拠を総合して、本件事故の経緯を見るに、被害者は、約三度の下り勾配である本件陸橋を自転車で相当なスピードで加速進行していたものであり、当日本件交差点を直進する予定であつたと認められるところ、自己の直前を進行する被告車が右交差点手前で、突如左折を開始したため、ただちに急ブレーキを踏んで大きく減速するとともに、右交差点を左折してこれとの衝突を回避しようとしたが、交差点手前側端から約一メートル左折した箇所にあつた道路の穴に前輪を落とし、自転車もろとも右に横転した結果、被告車の左後輪で轢過されたと認めるのが相当であり、これによれば、右の因果関係の存在に疑問をさしはさむ余地はない(なお、原判決は、自転車の転倒の直接の原因に関する目撃証人の供述に多少のくいちがいがあること等を論拠として自転車の転倒の原因が凹地に前輪を落したためであるかどうか、かりにそうであるとしても、それが被告車の左折と因果関係があるかどうかが明らかでない旨指摘するが、いずれも右くいちがいの枝葉末節にとらわれて証拠の取捨選択ないしはその評価を誤つたものであつて、とうてい的を得た指摘とは認め難い。)。所論は理由がある。

三について

所論は、被告車の左折開始時における自転車との距離関係が右一記載のとおりであるからには、被告人において左折に際して後方に対してはらうべき安全確認の注意義務に欠けるところがあつたとの過失の責を免れないというのである。

そこで考えるに、すでに詳細に説示したとおり、被告車が左折を開始した当時被害自転車はこれとほぼ併進の状態にあつたか、ないしは、これにきわめて近距離で接着して追従していたとの事実を前提として考えれば、被告人には、後方の安全確認の注意義務を十分尽くさなかつたとの過失があつたといわざるを得ない。すなわち、被告人が左折開始直前に、バックミラーで左後方を確認した際、自転車は、これとほぼ併進の状態であるか、ないしはこれにきわめて近距離で接着して追従していたものであり、しかも、同所が約三度の下り勾配で、右自転車も相当の速度で、加速進行していたのであるから、そのまま同交差点を低速で左折するにおいては、右自転車との衝突等不測の事態を惹起する危険が容易に予測し得たものである。したがつて、かかる場合、自動車運転業務に従事する者としては、追従車の進行状況についての確認を厳にし、その通過をまつてから左折する等、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるといわなければならない。しかるに、被告人は、これを怠り、漫然とバックミラーで被害自転車を一瞥したに過ぎないため、同車の近接状態に気づかず、先に左折できるものと軽信して低速のまま左折を開始した過失により本件事故を惹起したものと認められる。

したがつて、原判決がこれと異り、被告車の左折開始時に、自転車が同車の最後部から少なくとも二〇メートル以上後方にいたとの事実を前提としたうえで、「これは後方から進行する自転車が先行する自転車の左折に対処してこれとの接触を避けるに十分な距離である」として被告人の過失を否定したのは、過失の成否を決する重要な前提事実を誤認した結果、判断を誤つたものというのほかなく、右事実の誤認が判決に影響を及ぼしていることが明らかであるから、原判決はとうてい破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、その余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、ただちにつぎのとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転者であるところ、昭和四三年七月三〇日午後五時三〇分ころ、大型貨物自動車を運転し、国道三九号線を、旭川市永山町一丁目方向から同市四条方面にむけ、時速約四〇キロメートルで直進中、同市永山町九丁目所在のT字型交差点の手前約三五メートル付近で自車左側を併進中の矢野進一(当時一八年)運転の自転車を追い抜いたうえ、同交差点を左折進行しようとしたものであるが、同所付近は下り勾配となつているばかりでなく同交差点にいたるまでの間は他に交差点もないので、そのまま同交差点において左折するにおいては、左折時に前記矢野運転の自転車との衝突等不測の事態を惹起する危険が予測されるのであるから、かかる場合、自動車運転業務に従事する者としては、追従車の進行状況についての確認を厳にし、その通過をまつてから左折する等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、漫然、これを怠り、途中時速を約二〇キロメートルに減じて進行した後、交差点手前約六メートル付近で、右矢野の自転車に一瞥をあたえただけで、すでに自車直後付近にまで近接している同車の進行状況に対する注視を全く欠いたまま、自車の方が先行して左折できるものと軽信し、そのまま同交差点を時速約一〇キロメートルで左折しようとした過失により、同交差点上において同車の動静に全く気付かないまま左後車輪で同人の頭部を轢過させるにいたり、よつて右同人をして脳挫滅により即死せしめたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二一一条前段に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択したうえ所定刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処し、諸般の情状を考慮し、刑法二五条一項一号により、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項本文により、原審および当審における訴訟費用は、すべて被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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